【 第二章 第六話 】
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サワサワと、涼しい風が吹く。
“気持ちいい…”
どこかのどかな雰囲気の中でキリアは目を覚ました。
「ん…。」
視界の中に入ってきたのは、ちょっと古く温か味のある部屋。
そしてベッドの傍らの椅子に腰掛けたまま眠っているカイトの姿だった。
少しの間キリアは思考をストップさせたままだったが、
段々と記憶が戻ってきてハッとしてカイトを見た。
その気配を感じたのか、カイトが目を開ける。
「キリア…。」
状態を起こしているキリアを見てカイトは微笑んだ。
「カイト、体はもう大丈夫なの?ちゃんと寝てなくて――」
「キリア、それは俺のセリフだよ。どこか、変に感じるところはないか?」
「ううん。もう大丈夫だよ。」
「それなら良かった…だけど、もうあんなムチャな力の使い方はやめてくれ。」
「じゃあ、カイトもムチャなことしないで…。」
「――わかった、約束するよ。」
2人の間に柔らかな空気が流れる。なんて穏やかなんだろうか。
けれど、ここに長くはいられない。
行くべき場所があるから…。
「シア、キリア様が目覚めたみたいですよ。」
「ほんとか!?」
「ええ、今し方気付かれたようです。」
「そっか…良かった…。」
「―?会いに行かないのですか?」
「いくら私でもそんなヤボなことしないよ。」
「まぁ、そうですね…。」
「ん?あんたこそどうしたんだよ?そんな神妙な顔して?」
サディウスは少し何か考えているようだった。
悲しそうな、悩んでいるような、複雑なその顔で。
「……シア、あなたは『全神』をどう思いますか?」
突然の問いかけにシアは一瞬戸惑った。
「どうって…キリアは良い子じゃないか。」
「いえ、『キリア』様でなく『全神』についてですよ。」
その言葉にシアは更に混乱する。
“『キリア』じゃなくって『全神』についてだって?”
『キリア』は『全神』であり、『全神』は『キリア』である。
それをどう切り離そうというのか。シアにはサディウスの心中が読めなかった。
サディウスはそんなシアにお構いなしに言葉を続ける。
「『全神』はこの世界の全てを司る者。そう考えれば、一つの者に定着することは――」
「あーもうっ、お前は一体何が言いたいんだよ!?」
「千年前に全神が何故封印されなければならなかったのか、わかるかもしれません…。」
この千年間、人間には誰もわからなかったこと。
『全神』の悲劇の原因を、サディウスは薄々感づきだしたのかもしれない。
「カイト、そう言えばここはどこなの?」
「ここはこの国の最南端の町、『セイム』。火の神殿に一番近い町だ。」
「火の神殿…」
「――この町の外れに『禁断の森』と呼ばれる森があって、
近づく者は誰も居ない。その一番奥に神殿はある。」
「そこに、シャルスが封印されているのね…。」
ふ…とキリアは遠くを見つめる。ただそれだけで、ほんの少しの事だった。
けれど、カイトはキリアを纏う空気がいつもと明らかに違うのを感じていた。
絶大で壮大な存在…まさしく『全神キリア・セレシリス』。
カイトはそのときのキリアに声をかけることができなかった。
どこか彼女が遠い存在に感じて―――
“キリアを全神にして、俺はどうするつもりなんだ?”
今まで考えたことのなかった疑問が心の中に浮かぶ。
世界が安定し、人々が幸せになればそれでいいと思っていた。
いや、今もそう思う気持ちは変わらない。
けれどそれから自分は一体どうするつもりなんだろうか…。
「カイト?」
キリアの言葉にハッとする。
自分の名前を読んだキリアは、いつものキリアに戻っていた。
きっと本人には自覚がないだろう。そのことはあえて黙っていた。
そして自分のこの気持ちも悟られたくない…。
カイトは努めて平静を装った。
「いや、何でもない。ところでキリアの体調が良くなれば
早いうちに神殿へ向かいたいんだけど――…」
四聖神が1人、火を司る男神シャルス・サラマンドラ。
彼の神殿に近づくにつれてキリアは変わっていくだろう。
『全神キリア・セレシリス』へ確実に、近くなっていくだろう…。
カイトは静かにそう確信しつつあった。
― 変わりゆくもの ―
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